この時期,たくさんの花が咲き,蜜や花粉が大量に運び込まれ,来たるべき分蜂に備えて働き蜂の数は増えています.養蜂家としては,その勢いを維持して,よい蜜源の開花時期にたくさんの蜂を花に通わせたいのですが,ミツバチは,巣を増やしたり蜜を貯えるスペースが不足すると,採餌活動を不活性化して,分蜂への歩みを進めます.
分蜂すれば群れのサイズが半分になってしまいますから,養蜂家は,何としても分蜂を食い止めるべく,巣板を足してスペースを与えます.でも,タイミングを逃すと,ミツバチが巣箱内の空いた場所に勝手に巣を作ることも.その巣は,近代的な養蜂においては養蜂家の尺度に合わない非合理的な存在で,切り取って捨てるしかなく(精製して蜜ろうにすることはできますが),これを養蜂用語では「ムダ巣」といい表しています.
でもその呼び方はあまりに不適切じゃないかとは辛口ミツバチ.
「私たちにはムダ巣なんて存在しない,ミツバチの生き方にムダなんかない!」というのが信条のようですよ....

もちろん,ミツバチがしたムダという意味ではなくて,飼っている人間がムダにしちゃうという,どちからというと自戒を込めた表現だろうね.
ただ,ミツバチには結果的にはムダをさせて申し訳ないけれど,ミツバチの芸術品と感激してもらってくれる人もいるし,よい教材にもなるので,まったくのムダともいいきれないけどね.

100gの蜂ろうは,1kgくらいのハチミツを私たちが食べて分泌する.
1kgのハチミツは,原料として2.5kgほどの花蜜を集めて作るんだ.
蜜胃いっぱいに花蜜を集めてきたとして,2.5kgはのべ50000匹分にもなる.
頑張れば一日で集めることはできるけどね.で,分泌した100gの蜂ろうをかみ砕いたり削ったりしながら,この巣にするのに,動員できる働き蜂を集めるだけ集めても,まるまる一晩はかかっちゃうんだよ.
なるほどね.ただ,その気になったら一日で作っちゃうっていうところで,ミツバチの潜在能力を知らない人だったら,そんなに大したことじゃないのかなと誤解しちゃうかも知れないね.
でも,原料集めから,それを蜂ろうにして,巣に形づくるところまでだと,原料の絶対量もかなりなものだし,けっこうな数の働き蜂を動員してる.それを「ムダ」とはいわれたくないよね.

その時間(一時間には50個程度産める)で,働き蜂になる卵だって産めたんだよ.それに孵った幼虫に与えられたミルクは,花粉を原料に作られているから,それも計算に入れておいて.ものだけじゃなくて,時間や,私たちのやる気もムダになっているんだから.
そうか,この時期は不足する雄蜂用の巣を作ることになるから,ムダは卵だけで済んでいるけど,もし働き蜂用の巣が作られていたら,卵だけではなくて,受精させるために精子もムダ遣いになっちゃうところだったんだね.

でも,たくさん卵を産めばその分,交尾の時に雄蜂から受け取った精子を早く使い果たしちゃう.つまり,その女王蜂さんを利用できる時間は相対的に短くなっちゃう.
女王蜂さんの寿命は,精子を使える時間で決まっているんだ.交尾が上手くいって,充分な精子を受け取ったか,どれだけムダなく産めたかが,重要なんだよ.繁殖期にうまく寿命を迎えてくれないと,ミツバチは群れごと全滅しちゃうことになるから,私たちは女王蜂さんには決して無理をさせないんだ.覚えておいてね,
ミツバチにはミツバチの時間があるの.人間の都合に合わせたければ好きにすればいいけど,私たちはそれをストレスだと思っているんだよ.
まあ,何にしても,そろそろ採蜜シーズンだし,こんなムダしてられない!
養蜂上は,ミツバチは養蜂家の大切なパートナーです.気持ちよくハチミツを生産してもらうなら,ちゃんと労働環境を見直しておきましょう.
なんとなく忙しく飛び回っている印象のミツバチですが,私たちが「働き蜂」の言葉で抱くイメージとは大きく異なり,まったく闇雲に働いているわけではありません.過剰な労働や大きな不足が起きないように,労働調節はシステムとして見事に機能しています.養蜂家の作業はそれをサポートするものであって,邪魔するものではいけません.
ミツバチは普段から余剰の人員を確保して,必要に応じて一日にkg単位で花蜜を集めたり,こんな巣なら、ほんの一晩で作ったりもできますが,それはあくまでも「最高値」であって,それを「通常」として「勢いづく」ということはありません.人間の社会では,最高値を常に出すことをよいこととする風潮がありますが,よいと思うのは自由だけど,それ,現実には無理ですから.
