2010年04月12日

鹿島のニホンミツバチプロジェクトっていったい...

都市でミツバチを飼う理由の話を書いたら,鹿島のプロジェクトの内容的な部分をどう思うかと聞かれました.新聞記事に書いてあることは内容が希薄で読み取れなかったのですが,ニホンミツバチを使うという点で,単なる都市での養蜂の話ではないのではという見方もあります.鹿島のプロジェクトが何を目指しているかは,Webで公開されているKajima CRS Reportには一応書いてあるというか,これしか情報源がなく,新聞記事にいうところの実際に得られた「データ」はないままでは,研究者としてコメントのしようがありません.それでも,やっぱり何かしっくりこないので,そこに書かれていることを引用しながら,どこが違和感のもとなのか,辛口ミツバチと一緒に考えてみました.

「二ホンミツバチは農薬に弱く環境の良い場所でしか生息できないため、都市環境の指標として適している」
まず,この前提は正直なところ意味不明.つまり,農薬には弱いので農地の近くでは生息できないといいたいのか,都市環境では生息しにくいのか,どっちなんだろうね.最近,この鹿島のプロジェクトにも係わっていたある養蜂家が,「農薬を多用しない都市の方が環境がよいから,生産物も安全」のような発言をしたとかしないとか,っていうのもあった.研究という観点からすれば,都市は,環境が悪く,したがって生物がぎりぎりのところで生息しているので,環境のちょっとした変動が,その生物を通じてとらえやすいというのが筋なのかなあ.

松浦誠の「都市における社会性ハチ類の生態と防除」(2005)によれば,2000〜2002年に,東京都内では,北区と板橋区では,駆除されたミツバチの16件中14件が,隣接する埼玉県の市部では59件中44件がニホンミツバチであった.1998年に行われた主要な公園での飛来数調査でもニホンミツバチが優先であった.横浜市では1999〜2000年の2か年間で,種名の判明した相談件数の117群中103群がニホンミツバチだった.

これを見ると,ニホンミツバチをどのように都市環境の指標としてとらえてよいかはわかりにくい.そもそもニホンミツバチが増えた(生息数が多く駆除の対象になりやすい)ことは,都市化して天敵が少なくなったこと,花粉源に関して競合する野生のハナバチ類が減少したこと,大規模養蜂が近郊から撤退していることなどで,都市やその近郊ではニホンミツバチとの生存上の競合種が少ないことが,生息環境としての質的向上につながっていると考えるのが普通で,植物資源に関しては,割り当てはともかく,よくなっているという具体的な報告は少ないのでは?

minilogo.png駆除の憂き目に遭うという点では,今だってミツバチにとっては都市は劣悪な環境だよ.そうでなければ,ビルの屋上とかだし.自分たちが住んでみて気持ちのいいところに置いてよね.
なるほど.そりゃそうだ.

minilogo.pngそもそもニホンミツバチが農薬に弱いというのはどんな根拠? セイヨウミツバチの方が体が大きい分,農薬の影響受けにくいとかいうつもり? そもそも神経質なニホンミツバチさんをセイヨウミツバチと同じ実験方法で毒性試験して比較することはできないでしょう? セイヨウミツバチだって農薬でたくさん死んでいる.それが農薬に弱いことではないの? 
確かに閉鎖系飼育でそもそも寿命に大きな差が出ちゃうのは事実だね.農薬への過敏さという点では,ニホンミツバチが野生だから高くて,人間といてもストレスを感じにくくなった分,セイヨウミツバチが鈍いというのはまあ納得できる範囲かな.
minilogo.png結局,人間がストレスの原因で,一緒にやるためには,多少鈍くなきゃやっていけなかったてことでしょ!.

「ミツバチは、蜜を集めると同時に花粉を運んで、植物が実を結ぶ手伝いをしてくれます。つまり、ミツパチがいることで都市の緑が元気になります」
都市の緑を構成するすべての植物をミツバチが利用できるわけではないよね.街路樹に関していえば,東京都の基本樹種は,スズカケノキ,イチョウ,ユリノキ*,アオギリ,トチノキ*,トウカエデ,エンジュ*,ミズキ,トネリコ,アカメガシワ*の10種といわれるけど,ミツバチがよく利用するのは*印を付けた4種のみ.緑のすべてがミツバチとの関係性を持たないし,そもそも都会の緑は人為的に導入されて管理されている.
minilogo.png
もちろん巣を作るのに向いた大木になるものもあるから,花がなければミツバチの役に立たないというのも短絡的だけど,少なくとも,既存の緑のすべてがミツバチに関係しているというのは,誤解を招きやすいと思う.人為的に持ち込まれたものは,それぞれの関係性が希薄だし.
確かにこの表現が繰り返し使われやすいけれど,こうしたわかったようないい加減な表現が,かえって生物多様性の中での生物間の相互関係を見落としてしまう元凶にはなっているね.関係というのは,もっと個別に,質的にも異なるものだという理解は必要だろうね.
minilogo.png人間だって,人間同士という括った関係では言い表せないでしょう? 本当は複雑なことを,あまりに単純化するから,ちゃんと理解する習慣がなくなる.人間の悪いクセだと思う.
そ,そうだ,ね.

「ニホンミツバチの巣箱を置き、都市の生物多様性の回復にどのように寄与するかデータを収集する実験」
この実験はイメージしにくい.仮説は何だろう.実体はあくまでdemonstrationであってexperimentではないから,「どのように」という部分の検証性は乏しそう.何かそれらしいデータは得られたんだろうか?

minilogo.pngそもそも都市に回復可能な生物多様性があるという前提からして,恣意的.結局,人間が持ち込んだもの(ニホンミツバチ)によって,人間が持ち込んだもの(植えた植物)がどんな影響を受けるかみてみたということでしょう? 生態系のリハビリにミツバチを利用するという方向とはちょっとちがうようね.それと,ミツバチが2km圏内でしか生活してないと思われたり,人間が気がつく植物にしか行かないと思われるのも嫌だなあ.
そもそもどんなデータを取ることで「回復」といういい方になるのだろう.ミツバチと親和性の高い植物だけが利益を受ける手助けをしているということなら,セイヨウミツバチが外来植物の増殖を助け,結果として在来種を含む既存の生態系への悪影響が懸念されるからと,一部地域で養蜂が排斥されているけれど,それと同じことをしてしまっているとさえいえる
minilogo.pngでもそれはどうせ人為的なことなんだからミツバチが悪いわけではないんだよ.

「ミツバチをテーマにした環境教育も実施する。採蜜体験などを通じて子どもたちにミツバチと自然とのつながりを実感してもらう狙いだ。」
これも中身が見えていないからコメントしにくいけれど,背景にある科学的根拠がこうした「実験」から得られたものだとすれば,数年前に流行った『水からの伝言』が道徳教育に取り上げられた時と同じような不安を感じる.科学性を無視して,結果がオーライなら教育,というのはどうかな?
minilogo.png根拠がなければ反論もまた科学的ではないのでは?
確かに.でも『水からの伝言』でも,当初は笑って無視していた専門家も,道徳教育で使われ始めてから,間違ったことが事実化して,理科教育の破綻を意味するからと動き始めた.今度も,科学性を欠いてしまえば,環境教育を貶めることになる.このプロジェクトで再現性や検証性はどう補償されているんだろう.これはCSRだということでやっていると思うけど,鹿島のような大企業として,これでよいのか,ニセ科学に陥らないで,本質的なプロジェクトの意味を見直して,軌道修正をして欲しいと思うね.名古屋のプロジェクトの取材記事は明らかにマイナスイメージだと思えたし. 

minilogo.pngビルの12階の屋上に「拉致」された,哀れな松阪のニホンミツバチさんの「生きる意味」も一緒に考えてもらってよ.

posted by みつばち at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ミツバチの気持ち by Junbee | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック