2005年06月14日

陰翳礼賛

ミツバチの偉大なところはムダがないということ。というのは私たち人間から見た場合で、彼女たちはただただいのちを燃やし続けているにすぎない。ハチミツをいただいた後、人はまだミツバチから巣まで搾取する。しかし、その巣で作られた蜜蝋は、なんとも柔らかな火を灯してくれるのだ。

日本では、気まぐれに巣に入ったり、居ついたりする日本ミツバチから蜜蝋を取るのは諦めていたようで、柳田国男の「火の昔」には「支那からはじめてはいってきたろうは、みつばちの巣から取った蜜蝋らしく、これはわが国ではできませんから、後にはうるしの実、それも主としてはぜうるしから採るようになった」とある。柳田国男は「できない」と断定しているが、果たして日本ではまったく蜜蝋は使われていなかったのだろうか。

谷崎潤一郎は「陰翳礼賛」の中で、漆器は蝋燭や行灯などの暗さとともにある灯りでこそ、美しさが引き出されると言っている。漆器の色を「いくつもの「闇」が堆積した色」と表現し、派手な蒔絵などを施した手箱も、1点の燈明か蝋燭のあかりにして見ると「いい知れぬ余情を催すのである」という。ヨーロッパの磁器も、金の縁取りをしたりずいぶん派手な模様が施してあることが多いが、かつて蝋燭の灯りの下で食事をしたことによるのだろうか。

ヨーロッパでは、早くから蜜蝋が灯りとして取り入れられていたばかりか、教会の蝋燭は蜜蝋でと規定されていたようだ。全能の神ゼウスは「乳と蜜で育った」といわれ、旧約聖書に出てくる約束の地カナンは「乳と蜜の流れるところ」というほど、ミツバチたちとの関わりは深い。

ふと思いついて手元にあった蜜蝋の蝋燭に火を灯して、電気を消してみたら、急に闇が迫ってきた。もうすぐ100万人のキャンドルナイト「電気を消してスローな夜を」がやってくる。特別な夜を待たなくても、ただ、蝋燭に灯りを灯すだけで周囲の景色は一変し、自然と向き合うひとときを与えてくれる。

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蜜蝋燭の灯りを静かに楽しむ、そんなみつばちバーもいつかやってみたいです。



posted by みつばち at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ミツバチと一緒にHappy Honey Days  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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